絵本の古本屋「ばくの店」 〜 子どもの本のあれやこれや 〜

忘れさられ、うずもれ、本棚の隅で眠っている本たち。 求めている人に、求めている時に、出会うことができるようにと。 心をこめて1冊1冊手にとっていきます。

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作家のトラヴァースは、アイルランド人の父、スコットランド人の母をもち、オーストラリアで生まれました。
そう聞くとなんとわくわくすることでしょう。 
アイルランドもスコットランドもケルトの伝承文化が根強く残っている土地です。
今なお アイルランドの田舎では「ちいさな人たち」を怒らせないように、人々は知恵をしぼって生きているという話を聞いたことがあります。



この世とあの世の境はなく、天地の間には人間の及ばない「なにか」が存在する。
過去、現在、未来は流動的であり風のように自由に行って帰ってくる。
生きとし生けるものは、生まれ変わりながらぐるぐると輪を描き あのケルト文様をつくりだす。

メアリー・ポピンズ は、バンクス家に乳母としてやってくる。東風とともに。
東風、西風と通じ、空に星をつくり、地上に春をもたらし、動物と話をする。
自分にほれぼれとするうぬぼれやでもある。ーーショーウインドウの自分の姿を見て「これほどスマートで際立った人はみたことがない」とうぬぼれる。

バンクス家の子どもたちの問いかけや質問にも一切答えず、容赦のない態度で子どもを拒否し、上向きの鼻をふふんとならし、嘲笑する。

メアリー・ポピンズのまわりには、たくさんのおもしろい人がいる。笑いガスのおじさん、キングコブラのいとこ、指をおるとアメの出てくるおばさん、月を飛び越えためうし(マザーグース)は母の友だち。
各章の話の不思議さおもしろさは、年をかさね経験をかさねより深く理解できる。

10章「満月」ただごとではない世界観だ。

 

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子ども それも自立していく子ども いや もう少し微妙で、自立しようとしているが、周りのおとなからはまだまだ見えにくい「いつまでも 子どもだー」と思われている子ども。

心身ともに分かりやすく成長した時であるなら、周りも納得いくだろう。
しかし、おとなが考えるずーっと前から「もう一人前だ」と自分自身を誇らしく思い 一人鼻息あらい子どものことは見えにくい。 
そんな見落としてしまいそうな子どもの心をアーディゾーニはなんとみごとに表現しているのだろう。


きのうも今日もそしてあしたも 波止場で望遠鏡をのぞきながら、遠くの汽船をながめ、海をながめ
「いつか ぼくも〜」とふなのりにあこがれを抱き続けるチム。

ーーチムが、 ふなのりになりたいというと、おとうさんもおかあさんもわらいだして、「まだちいさす  ぎるよ。もっともっとおおきくなって、おとなにならなくちゃだめ」といいました。ですから、   チムは かなしくてなりませんでした。ーー

チムはおとうさんとおかあさんの態度 特にわらいだしたことと ちいさすぎる という言葉に ひどく
絶望します。家出をしようと思い海へ行きます。
このチムのさびしい後ろ姿。手を後ろに組んで体を丸め遠くの海をみつめています。
泣いているようにもみえます。

チムの誇りをズタズタにしたおとうさんとおかあさん。
でもチムには、ふなのりだったなかよしのボートのおじさんや、チムと航海の話をし、ちょっぴりラム酒をのませてくれるマクフェ船長がいます。
チムの願い、あこがれに共感し チムを海の仲間として認め、はなしのできるおとなです。

そんなチムが不法にのりこんだ大きな汽船。
ここでもチムは 仲間 として迎え入れられます。決して、まだ子どもだからと追いかえされないのです。

ーーせんちょうは、チムをみて、とてもおこりました。おまえは、ただのりだから、そのぶんだけ
  はたらかなければいかん、といいました。そこでチムは、バケツとブラシをもらって、かんぱんそ  うじを させられました。ーーー

チムは、船酔いでふらふらになりながら、つらいしごとをやりぬきます。
そして みんなに認められ ホーンパイプふき、うたい ふなのりの仲間になったのです。
(こぐま社からでている「チム完全復刻版」には、手を振り上げ大声で歌うチムと船乗りたちの
すばらしい絵が見開きで描かれています)

真夜中に船は岩にぶつかり、大波をかぶり、沈みゆく船の甲板でせんちょうはチムに言います。

ーー「やあ、ぼうず、こっちへこい。なくんじゃない。いさましくしろよ。わしたちは、うみの
  もくずときえるんじゃ。なみだなんかはやくにたたんぞ」ーー


チムに、最後まで船を守ることが、船乗りの仕事であり、誇りであると教える船長。そして それを成し遂げた2人。

アーディゾーニの視点は すごい  



『チムとゆうかんなせんちょうさん』 エドワード・アーディゾーニ さく・え
 せたていじ やく 福音館書店
     
  mititi














 

砂
『砂』 ウイリアム メイン作 林 克己訳 岩波書店 (1964年 イギリス)


ヨークシャ地方 グリニッジ子午線が、この町の海岸に突き出した地点を通過する。
海から吹きつける強い風。風に混じる細かい湿気まじりの砂。その中を黙々と歩く町の人々。
手を口に当て、下を向きながら足早に通り過ぎる。
話をすれば、たちまち砂が口に入り、吐き出さずにはいられない。砂が町を埋め、町の中心の
たった一つの教会は、砂に半分埋もれている。

「今日の砂は、まるでめった切りにして殺されるような感じだ」

どこまでも続く砂丘 砂以外何もない。することの何もない毎日。時間をもてあます
6人の少年たち。いつものように砂あらしの中を歩き回り、風よけの屋根を作り、、座り込んでおしゃべりをしながら、体を丸めて湿った砂を掘って時間をつぶす。

そんなある日 砂の中に線路を見つける。海に向かう砂に埋もれた線路。トロッコの発見。
有史以前の化石の発見。そこから始まる日々は 何もやることのなかった少年たちを夢中にさせる。



この本は不思議な本だ。淡々とした日常生活だけを語り、登場する人々の背景はほとんど描かれない。
最後まで、この湿った砂がつくる世界から出ない若者たち。「若者らしく〜」とか「こうあらねば」
とかが、一切ない。なにも訴えない。いつものことを執念深くやる。ただそれだけ。
けれど そこから浮かび上がってくるものが私の心をつかむ。
化石発見という日常に入り込んできた大事件。校長をも巻き込み、いつになくいい気分の少年たち。

天気は変わり窓をぐっと開ける。 こもった空気を外に出す。少年たちは爽やかな空気をすう。
30分位の間に、風が変わり、暖かい西風が吹きはじめ、がらりと陽気な天気になる。
そして笑いを抑えきれない少年たちが立っている。

この本の最後の明るさとユーモアが私を温かい気持ちにさせる。
   
                           mititi




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ヤギ飼いの少年だろうか。
りこうそうな小さな犬を先頭に一本の倒れた丸太を渡って三びきのヤギとともに
山を下りてくる。白いヤギの首輪をしっかりと引っぱりながら。
少年の左足には白いほうたいが。それでもうれしそうに笑っている。白いヤギの後からトコトコとついてくる
赤茶色のヤギ、ちょっと小さなぶちのヤギ。

丸太を渡る三びきのヤギといえば、思い出すのはノルウェーの民話『三びきのやぎのがらがらどん』(マーシャ・ブラウン 絵 せた ていじ 訳 福音館書店)
「がらがらどん」は”やまのくさばでふとろうと やまへのぼっていきました”

カリジェのヤギは丸太を渡って山を下りているようです。十分にふとって帰るのでしょうか。


この絵本はカリジェが文章も書いています。

カリジェの幸せな子ども時代がヤギ飼いの角笛とともに絵本から溢れ出てきます。

「ふるさとの山々をたったひとりあるいていて、とおくのほうにヤギのむれのすずのおとをきいたとき、
または、ヤギのむれとであったとき いつでも わたしは、よろこびでいっぱいになりました」とカリジェは言います。

スイスの山のふもとの小さな村のヤギ飼いの少年の物語は、その角笛、スズの音とともに、カリジェのよろこびが 時をこえ国をこえてページをめくるたびに 飛び込んできます。


表紙の三びきのヤギは、シュチーナさんのシロ、アカ、チビです。
ヤギ飼いの少年マウルスは、夏の間 ヤギたちを山の牧場へ毎日連れて行きます。

マウルスが どうぶつの水飲み場で高らかにつのぶえをふきならすと、あちらからも こちらからもヤギたちが
ちょこちょこ走り出してきます。
全部で何びきだと思いますか?なんと30ひき。マウルスが一人で山へつれていくのです。

山の頂上へむかうヤギたちのむれ。
一ぴき 一ぴき 名まえがついています。カリジェの描くヤギはその名まえのとおりの 色 形 姿 でとても表情が生き生きとしています。
頂上では マウルスと犬のチロがやわらかい草の上で体を伸ばして一休み。
気持ちの良い天気です。山のかげでは 風や雲がおこりかけ 天気の急変を告げているのにマウルスはまだ気がつきません。

山を下りようとヤギのむれをながめわたします。いくらながめてもシュチーナさんのシロ アカ チビ がいません。
ひかる いなずま、とどろく かみなり。
遠くで聞こえるヤギの鈴の音。夢中で川を飛び越え マウルスは足を傷め びっこをひきながらシロ アカ チビを探します。  

夏の日も暮れかけたころ ようやく すべてのヤギを連れて村の広場にたどりつきます。


あたたかい ゆたかな シュチーナさんの台所。
色鮮やかに カリジェの筆は木のテーブル チーズやスープ ストーブ  洗面台 壁にかかる赤い縞のタオル 石鹸おき 緑のまど などを描きます。

次のページをめくると「あっ!」と思わず口をおさえ 見とれてしまうほどすてきな絵が。

痛む足をおふとんから出して ぐっすり寝ているマウルス。楽しい夢でもみているのでしょうか。微笑んでいます。
マウルスのベッドの周りを見てください。そう 森のあらゆるどうぶつたちがベッドをとりまきます。
ノリスとカラスが枕元に。カケスとアオゲラとリスが足元に。あいた緑のまどのむこうにはシカの一家と雲とヘリコプター。キツネやイタチもマウルスを見ています。
そして 部屋のまんなかにはあのシロとアカとチビが。

みんながマウルスに「おやすみなさい」を言います。
「よくおねむりよ マウルス」
「いいゆめをみなさいね」

こんなにも幸せな子どもの時間 こんなにもゆたかな子どもの時間。

世界中の ひとりひとりの子どもたちが 今この時にも こんな夢をみることのできる幸せな子ども時代をおくっていますように。

そうそう マウルスのベッドの上の一枚の絵 誰だと思いますか?
                                                mititi



『マウルスと三びきのヤギ』
アロワ・カリジェ 文・絵
大塚勇三訳
岩波書店
©1969 1975年 第2刷

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ウルスリと妹のフルリーナの世界。 三作目『大雪』


必死の表情で白い息をはき 片手でストックを持ち、大雪の降る中をスキーで急ぐウルスリ。
背負われたフルリーナは 表情も弱弱しく ぐったりと兄のウルスリの背で動かない。

なにがあったんだろう。体を斜めにして 疲れはてながらも 倒れてはならないと ウルスリの顔からは強い意志が感じられる。 早く 早く と気ばかりがせく。
フルリーナが強く握っている赤い糸が白い雪に揺れる。


ウルスリは家の手伝いをよくする。いや 手伝いではない 家族の仕事の一部だ。
ウルスリの仕事は家畜の世話。遊びではない。毎日毎日しなければならない事だ。

カリジェの絵は家畜小屋のウルスリの仕事を細かく描く。

ウルスリは小屋の前で家畜に水をやり、泉につれていく。
えさをやり かわいたわらをしく。
仔牛には毎日ミルクをのませ 小屋のしきりを磨き ほうきで掃除をし
め牛のまぐさに塩をまぜ 
ニワトリ ヒツジ 馬 の様子を注意深くみる。

「きょうのところは これでおしまい」 そう 明日は子どものそり大会。
毎日の仕事を終え、いつもとは違う浮き立つ気分。今日は特別の日だ。
へやにあがって すぐに机に向かい鈴をみがく。そりにつける鈴だ。
そり大会にそなえ 去年のそりを塗り直し つやを出し 色とりどりに飾る。互いに相手を「あっ」といわせるためにこっそりしたくにかかる。

明日までにしなければならない事で頭がいっぱいだ。
納屋からそりを降ろし ウルスリは考える。「ぼくは、そりをりんどうみたいに青くぬろう」
「青いそりの周りに みどりや赤や黄のふさをおどらせよう」

誰よりもすてきなそりにする事に一生懸命で、嫌がるフルリーナをふもとの糸やに行かせる。
フルリーナの「道はとおいわ。あんなに雪ふりなのよ」ということばにも「そのうち やんでしまうよ さあ ひとっぱしりしておいで」と妹を思いやる余裕もない。
何しろそりのことしか考えられないのだから。

欲しいものややりたい事があったら 後先考えずに突っ走ってしまうウルスリ。 幼い頃「すずまつり」で大きな鈴を求めて大雪の山小屋に行き雪の為に大変な思いをしたことなどすっかり忘れている。

そりの事しか考えられずピーンと張りつめた緊張感の中 ふと我に返った時のウルスリの恐怖。
「なにがあったのか? フルリーナはとうにもどってくるはずなのに」
ここから一気にのぼりつめるウルスリの後悔。胸がしめつけられる。
「にわかにあたりがしんとしたとき、ウルスリはするどくさけび、いもうとをよびました」
「つまらないひもなんかのために、あの子を村へやるんじゃなかった」

あまりに夢中になりすぎて、大事なものをかえりみるゆとりもなくなり、邪険にしてしまうこと。
はっと現実にもどり何がおこったのかと気が付いた時の恐怖。
誰にでもある忘れることのできない皮膚にまとわりついた感覚がカリジェの絵とともに蘇ってくる。


ながいながい赤い糸 みどりと黄のふさのついた一本の糸がどこまでもどこまでも続く。
その糸の先にいたフルリーナ。あらしの木は、動物を助けフルリーナを助けて命を終える。

おそろしい一夜が明け あらしの木の、折れた枝を先頭に、手をあげてそりにのるフルリーナとウルスリ。
赤い毛糸のふさが誇らしげに風に揺れる。

そり大会の後はごちそう おかし 音楽 ダンス その楽しいこと。
厳しいスイスの冬の色鮮やかな一日。

冬の終わるころフルリーナは 助けてくれたあらしの木の跡に、わかい苗木を植える。
海をわたってきた小鳥がとほうにくれないように
動物たちが又 枝の下をいこいの場所にできるように。

カリジェの絵はやさしい。


『大雪』
ゼリーナ・ヘンツ文 アロワ・カリジェ絵 生野幸吉 訳  岩波書店
1965年© 1973 第4刷
カリジェの絵本 6冊函入り

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表紙には たくさんの鳥。とんだり はねたり 木をつついたり 何だか騒がしい様子。

かわいい女の子がニワトリにえさをやってます。
おや なにか気に入らないのか 1羽のめんどりが小さな鳥にいじわるをしていますね。
「あっちにいけ~」なんて言っているのでしょうか。

ページをめくるとどこかで見たような山小屋。馬に積んだ荷物の後からつのぶえをふきながら山を登ってくるのは、ウルスリ!?
そう あの大きな鈴を一晩かかって、たった一人で雪に閉ざされた山の夏小屋から持って帰ったあの勇敢なウルスリが かあさんの編んだ帽子をかぶって歩いています。

その後ろをニワトリの入ったかごを担いで歩いてくるのがフルリーナです。なんとうれしいことにあの勇敢なウルスリにかわいい妹フルリーナがいたのです。


季節は夏。雪に閉ざされたあの山の夏小屋にも緑の草が生え 花が咲き乱れ 虫たちが飛び回る夏がやってきます。ヨーロッパの北の地方の農場の人々は、夏になると山小屋や牧場で動物たちとひと夏をすごします。
夏にやらなければならない仕事がたくさんあるのです。

ほら ノルウェーのオーラの家族、ランゲリュード農場の4人のきょうだいも山の牧場でひと夏をすごしていますよね。(『小さい牛追い』『牛追いの冬』マリー・ハムズン作 石井桃子訳 岩波書店)

スイスのウルスリの家族もほっぺたをふくらませ、つのぶえをふいて ヤギたちとニワトリたちとひと夏の家財
道具を持って山を歩いて登ります。

冬の終わりに鈴を探しに行ったさびしい山小屋も夏を迎えて一変。明るい日差しがウルスリ一家を迎えます。

この絵本の主人公はかわいいフルリーナ。
キツネに母さんを食べられた一人ぽっちのライチョウのひなを助けます。フルリーナは、この小さな山の鳥をそれはそれは必死に敵から守り抜きます。朝から晩まで小さな鳥の事だけを考え、山からおりてもずーと一緒にいたいと小鳥をかごに入れ閉じ込めます。逃げないように 危ない目にあわないように。

「その鳥をそうくるしめてはいけないよ。うちのそとに とんでいかしておやり」と とうさん かあさん ウルスリに言われ 泣く泣く山の鳥をはなします。 山の鳥は まっすぐに空にとんでいきます

もう小屋を離れ谷に戻る時がきました。山の鳥が元気で暮らしているのかしら とフルリーナはたしかめずにはいられません。会いたいと 探し続けます

小鳥は見つからなかったけれど フルリーナは岩穴にひかり輝く石をみつけます。スイスの山の「精」水晶。

もう山をおりる時間です。ドアのカギをかけ よろい戸を閉めます。


その時におこる奇跡 ここを読むたびに泣けてきます。


 『フルリーナと山の鳥』 ゼリーナ・ヘンツ文 アロワ・カリジェ絵 大塚勇三訳 岩波書店 1974年 初版本


 なんてかわいい表紙なんだろう。
体より大きなすずを肩からかけて得意そうな顔。背伸びをして猫の前足を早く早くとドアにぶつける。
開けて!

この小さな男の子。なにがそんなに得意なの?うれしいの?


ページをめくると左側に牛やヤギの首につけるすず。大きなのと小さなのと。右側にはスイスの高い山の麓の小さな村。静かなモノクロの見開きの絵に惹きつけられる。

優しく語りかけるようにこの物語の小さな男の子 ウルスリが紹介される。お母さんが紡いだヒツジの毛のとんがり帽をかぶって、勢いよくページからとびだしてくる。

明日は鈴行列のおまつり。
大きな男の子たちが大きな鈴を得意げに振りながら先頭にたって村じゅうをまわる。
鈴をならして、冬をおいだし、はれやかな歌声をひびかせて、またくる春を喜び迎える。
今年はどうしても大きな鈴をもらって先頭を進まなければ。今までみたいに小さな子と一緒になって行列のあとからついていきたくない。

もう小さな子じゃない!
なにがなんでも大きな子の仲間入りをしなければ。それも「いま」

子どもが強い意志をもって、おとなからみれば滑稽なほど頑なに頑固に足を踏ん張り主張する。
「もう 小さい子どもじゃない」

「チム」も「なほちゃん」もそしてウルスリも脱皮する。こどもの脱皮は、無神経なおとなには分かりにくい。
ウルスリのお父さんお母さん、村の人々のようにただ見守る事しかできない。

成し遂げた誇らしげなウルスリの顔。脱皮した顔だ。     mititi

『ウルスリのすず』
ゼリーナ ヘンツ文
アロワ カリジェ絵
大塚勇三訳

1973年 初版  岩波書店
6冊セット 函入り


 








スイスのアロワ・ カリジェを紹介します。

彼は、スイスの小さな山の村 トルンで1902年に11人兄弟の7番目の子どもとして生まれました。
父は山岳酪農家です。
スルセルバァ地方の山の斜面いっぱいにひらけた牧草地で春秋には家畜を放牧し、夏には牧草を求めて高地へ移動する山岳酪農家の生活が少年カリジェのすべてでした。
少年アロワは、生涯で最も楽しい9年間をここで過ごします

故郷トルンをこよなく愛し、村のいたる所に壁画を残して故郷を美しく飾るカリジェ。
1985年に82歳でトルン老人ホームで亡くなる最期まで故郷を愛し、子ども時代を愛し続けました。 


チューリッヒで幼稚園教師のゼリーナ・ヘンツと出会い彼女の物語に挿絵をつけ、絵本『ウルスリのすず』を1945年に出版します。以後6冊の絵本を作りますがそのうち3冊はヘンツの物語に絵を描き3冊はカリジェ自身で物語を作り絵を描いています。

大きな大変魅力的な絵本6冊を紹介します。もちろん1冊づつ発行されていますが、ここで紹介するのは「獏の店」にあるとても貴重な函入りの6冊セットです。すべて初版本です。
紙の風合い、柔らかな、落ち着いた色合い、古い本独特のかおりが何とも言えません。

次のブログで1冊づつ紹介します。 次回は『ウルスリのすず』です。お楽しみに。(1946年 ゼリーナ・ヘンツ文 アロワ・カリジェ絵 大塚勇三訳 岩波書店)

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絵本とアート
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動物たちは冷たい水を飲もうと
森の泉へ向かいます

そのような店でありたくて
きれいに草刈りをしました

なにしろ   ばくの店ですから


絵本たちといっしょに
大きな白墨色のテーブルが
お越しくださるのをお待ちしています


井の頭線「三鷹台駅」
(吉祥寺から2つめ)より徒歩3分

電話は0422-48-6376です


営業時間
11:00 〜 18:00(水曜定休)

住所
東京都三鷹市井の頭1-31-19
スカイブルー井の頭1F
 

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