絵本の古本屋「ばくの店」 〜 子どもの本のあれやこれや 〜

忘れさられ、うずもれ、本棚の隅で眠っている本たち。 求めている人に、求めている時に、出会うことができるようにと。 心をこめて1冊1冊手にとっていきます。

2015年11月

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ウルスリと妹のフルリーナの世界。 三作目『大雪』


必死の表情で白い息をはき 片手でストックを持ち、大雪の降る中をスキーで急ぐウルスリ。
背負われたフルリーナは 表情も弱弱しく ぐったりと兄のウルスリの背で動かない。

なにがあったんだろう。体を斜めにして 疲れはてながらも 倒れてはならないと ウルスリの顔からは強い意志が感じられる。 早く 早く と気ばかりがせく。
フルリーナが強く握っている赤い糸が白い雪に揺れる。


ウルスリは家の手伝いをよくする。いや 手伝いではない 家族の仕事の一部だ。
ウルスリの仕事は家畜の世話。遊びではない。毎日毎日しなければならない事だ。

カリジェの絵は家畜小屋のウルスリの仕事を細かく描く。

ウルスリは小屋の前で家畜に水をやり、泉につれていく。
えさをやり かわいたわらをしく。
仔牛には毎日ミルクをのませ 小屋のしきりを磨き ほうきで掃除をし
め牛のまぐさに塩をまぜ 
ニワトリ ヒツジ 馬 の様子を注意深くみる。

「きょうのところは これでおしまい」 そう 明日は子どものそり大会。
毎日の仕事を終え、いつもとは違う浮き立つ気分。今日は特別の日だ。
へやにあがって すぐに机に向かい鈴をみがく。そりにつける鈴だ。
そり大会にそなえ 去年のそりを塗り直し つやを出し 色とりどりに飾る。互いに相手を「あっ」といわせるためにこっそりしたくにかかる。

明日までにしなければならない事で頭がいっぱいだ。
納屋からそりを降ろし ウルスリは考える。「ぼくは、そりをりんどうみたいに青くぬろう」
「青いそりの周りに みどりや赤や黄のふさをおどらせよう」

誰よりもすてきなそりにする事に一生懸命で、嫌がるフルリーナをふもとの糸やに行かせる。
フルリーナの「道はとおいわ。あんなに雪ふりなのよ」ということばにも「そのうち やんでしまうよ さあ ひとっぱしりしておいで」と妹を思いやる余裕もない。
何しろそりのことしか考えられないのだから。

欲しいものややりたい事があったら 後先考えずに突っ走ってしまうウルスリ。 幼い頃「すずまつり」で大きな鈴を求めて大雪の山小屋に行き雪の為に大変な思いをしたことなどすっかり忘れている。

そりの事しか考えられずピーンと張りつめた緊張感の中 ふと我に返った時のウルスリの恐怖。
「なにがあったのか? フルリーナはとうにもどってくるはずなのに」
ここから一気にのぼりつめるウルスリの後悔。胸がしめつけられる。
「にわかにあたりがしんとしたとき、ウルスリはするどくさけび、いもうとをよびました」
「つまらないひもなんかのために、あの子を村へやるんじゃなかった」

あまりに夢中になりすぎて、大事なものをかえりみるゆとりもなくなり、邪険にしてしまうこと。
はっと現実にもどり何がおこったのかと気が付いた時の恐怖。
誰にでもある忘れることのできない皮膚にまとわりついた感覚がカリジェの絵とともに蘇ってくる。


ながいながい赤い糸 みどりと黄のふさのついた一本の糸がどこまでもどこまでも続く。
その糸の先にいたフルリーナ。あらしの木は、動物を助けフルリーナを助けて命を終える。

おそろしい一夜が明け あらしの木の、折れた枝を先頭に、手をあげてそりにのるフルリーナとウルスリ。
赤い毛糸のふさが誇らしげに風に揺れる。

そり大会の後はごちそう おかし 音楽 ダンス その楽しいこと。
厳しいスイスの冬の色鮮やかな一日。

冬の終わるころフルリーナは 助けてくれたあらしの木の跡に、わかい苗木を植える。
海をわたってきた小鳥がとほうにくれないように
動物たちが又 枝の下をいこいの場所にできるように。

カリジェの絵はやさしい。


『大雪』
ゼリーナ・ヘンツ文 アロワ・カリジェ絵 生野幸吉 訳  岩波書店
1965年© 1973 第4刷
カリジェの絵本 6冊函入り

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表紙には たくさんの鳥。とんだり はねたり 木をつついたり 何だか騒がしい様子。

かわいい女の子がニワトリにえさをやってます。
おや なにか気に入らないのか 1羽のめんどりが小さな鳥にいじわるをしていますね。
「あっちにいけ~」なんて言っているのでしょうか。

ページをめくるとどこかで見たような山小屋。馬に積んだ荷物の後からつのぶえをふきながら山を登ってくるのは、ウルスリ!?
そう あの大きな鈴を一晩かかって、たった一人で雪に閉ざされた山の夏小屋から持って帰ったあの勇敢なウルスリが かあさんの編んだ帽子をかぶって歩いています。

その後ろをニワトリの入ったかごを担いで歩いてくるのがフルリーナです。なんとうれしいことにあの勇敢なウルスリにかわいい妹フルリーナがいたのです。


季節は夏。雪に閉ざされたあの山の夏小屋にも緑の草が生え 花が咲き乱れ 虫たちが飛び回る夏がやってきます。ヨーロッパの北の地方の農場の人々は、夏になると山小屋や牧場で動物たちとひと夏をすごします。
夏にやらなければならない仕事がたくさんあるのです。

ほら ノルウェーのオーラの家族、ランゲリュード農場の4人のきょうだいも山の牧場でひと夏をすごしていますよね。(『小さい牛追い』『牛追いの冬』マリー・ハムズン作 石井桃子訳 岩波書店)

スイスのウルスリの家族もほっぺたをふくらませ、つのぶえをふいて ヤギたちとニワトリたちとひと夏の家財
道具を持って山を歩いて登ります。

冬の終わりに鈴を探しに行ったさびしい山小屋も夏を迎えて一変。明るい日差しがウルスリ一家を迎えます。

この絵本の主人公はかわいいフルリーナ。
キツネに母さんを食べられた一人ぽっちのライチョウのひなを助けます。フルリーナは、この小さな山の鳥をそれはそれは必死に敵から守り抜きます。朝から晩まで小さな鳥の事だけを考え、山からおりてもずーと一緒にいたいと小鳥をかごに入れ閉じ込めます。逃げないように 危ない目にあわないように。

「その鳥をそうくるしめてはいけないよ。うちのそとに とんでいかしておやり」と とうさん かあさん ウルスリに言われ 泣く泣く山の鳥をはなします。 山の鳥は まっすぐに空にとんでいきます

もう小屋を離れ谷に戻る時がきました。山の鳥が元気で暮らしているのかしら とフルリーナはたしかめずにはいられません。会いたいと 探し続けます

小鳥は見つからなかったけれど フルリーナは岩穴にひかり輝く石をみつけます。スイスの山の「精」水晶。

もう山をおりる時間です。ドアのカギをかけ よろい戸を閉めます。


その時におこる奇跡 ここを読むたびに泣けてきます。


 『フルリーナと山の鳥』 ゼリーナ・ヘンツ文 アロワ・カリジェ絵 大塚勇三訳 岩波書店 1974年 初版本


 なんてかわいい表紙なんだろう。
体より大きなすずを肩からかけて得意そうな顔。背伸びをして猫の前足を早く早くとドアにぶつける。
開けて!

この小さな男の子。なにがそんなに得意なの?うれしいの?


ページをめくると左側に牛やヤギの首につけるすず。大きなのと小さなのと。右側にはスイスの高い山の麓の小さな村。静かなモノクロの見開きの絵に惹きつけられる。

優しく語りかけるようにこの物語の小さな男の子 ウルスリが紹介される。お母さんが紡いだヒツジの毛のとんがり帽をかぶって、勢いよくページからとびだしてくる。

明日は鈴行列のおまつり。
大きな男の子たちが大きな鈴を得意げに振りながら先頭にたって村じゅうをまわる。
鈴をならして、冬をおいだし、はれやかな歌声をひびかせて、またくる春を喜び迎える。
今年はどうしても大きな鈴をもらって先頭を進まなければ。今までみたいに小さな子と一緒になって行列のあとからついていきたくない。

もう小さな子じゃない!
なにがなんでも大きな子の仲間入りをしなければ。それも「いま」

子どもが強い意志をもって、おとなからみれば滑稽なほど頑なに頑固に足を踏ん張り主張する。
「もう 小さい子どもじゃない」

「チム」も「なほちゃん」もそしてウルスリも脱皮する。こどもの脱皮は、無神経なおとなには分かりにくい。
ウルスリのお父さんお母さん、村の人々のようにただ見守る事しかできない。

成し遂げた誇らしげなウルスリの顔。脱皮した顔だ。     mititi

『ウルスリのすず』
ゼリーナ ヘンツ文
アロワ カリジェ絵
大塚勇三訳

1973年 初版  岩波書店
6冊セット 函入り


 








スイスのアロワ・ カリジェを紹介します。

彼は、スイスの小さな山の村 トルンで1902年に11人兄弟の7番目の子どもとして生まれました。
父は山岳酪農家です。
スルセルバァ地方の山の斜面いっぱいにひらけた牧草地で春秋には家畜を放牧し、夏には牧草を求めて高地へ移動する山岳酪農家の生活が少年カリジェのすべてでした。
少年アロワは、生涯で最も楽しい9年間をここで過ごします

故郷トルンをこよなく愛し、村のいたる所に壁画を残して故郷を美しく飾るカリジェ。
1985年に82歳でトルン老人ホームで亡くなる最期まで故郷を愛し、子ども時代を愛し続けました。 


チューリッヒで幼稚園教師のゼリーナ・ヘンツと出会い彼女の物語に挿絵をつけ、絵本『ウルスリのすず』を1945年に出版します。以後6冊の絵本を作りますがそのうち3冊はヘンツの物語に絵を描き3冊はカリジェ自身で物語を作り絵を描いています。

大きな大変魅力的な絵本6冊を紹介します。もちろん1冊づつ発行されていますが、ここで紹介するのは「獏の店」にあるとても貴重な函入りの6冊セットです。すべて初版本です。
紙の風合い、柔らかな、落ち着いた色合い、古い本独特のかおりが何とも言えません。

次のブログで1冊づつ紹介します。 次回は『ウルスリのすず』です。お楽しみに。(1946年 ゼリーナ・ヘンツ文 アロワ・カリジェ絵 大塚勇三訳 岩波書店)

mititi

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