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ヤギ飼いの少年だろうか。
りこうそうな小さな犬を先頭に一本の倒れた丸太を渡って三びきのヤギとともに
山を下りてくる。白いヤギの首輪をしっかりと引っぱりながら。
少年の左足には白いほうたいが。それでもうれしそうに笑っている。白いヤギの後からトコトコとついてくる
赤茶色のヤギ、ちょっと小さなぶちのヤギ。

丸太を渡る三びきのヤギといえば、思い出すのはノルウェーの民話『三びきのやぎのがらがらどん』(マーシャ・ブラウン 絵 せた ていじ 訳 福音館書店)
「がらがらどん」は”やまのくさばでふとろうと やまへのぼっていきました”

カリジェのヤギは丸太を渡って山を下りているようです。十分にふとって帰るのでしょうか。


この絵本はカリジェが文章も書いています。

カリジェの幸せな子ども時代がヤギ飼いの角笛とともに絵本から溢れ出てきます。

「ふるさとの山々をたったひとりあるいていて、とおくのほうにヤギのむれのすずのおとをきいたとき、
または、ヤギのむれとであったとき いつでも わたしは、よろこびでいっぱいになりました」とカリジェは言います。

スイスの山のふもとの小さな村のヤギ飼いの少年の物語は、その角笛、スズの音とともに、カリジェのよろこびが 時をこえ国をこえてページをめくるたびに 飛び込んできます。


表紙の三びきのヤギは、シュチーナさんのシロ、アカ、チビです。
ヤギ飼いの少年マウルスは、夏の間 ヤギたちを山の牧場へ毎日連れて行きます。

マウルスが どうぶつの水飲み場で高らかにつのぶえをふきならすと、あちらからも こちらからもヤギたちが
ちょこちょこ走り出してきます。
全部で何びきだと思いますか?なんと30ひき。マウルスが一人で山へつれていくのです。

山の頂上へむかうヤギたちのむれ。
一ぴき 一ぴき 名まえがついています。カリジェの描くヤギはその名まえのとおりの 色 形 姿 でとても表情が生き生きとしています。
頂上では マウルスと犬のチロがやわらかい草の上で体を伸ばして一休み。
気持ちの良い天気です。山のかげでは 風や雲がおこりかけ 天気の急変を告げているのにマウルスはまだ気がつきません。

山を下りようとヤギのむれをながめわたします。いくらながめてもシュチーナさんのシロ アカ チビ がいません。
ひかる いなずま、とどろく かみなり。
遠くで聞こえるヤギの鈴の音。夢中で川を飛び越え マウルスは足を傷め びっこをひきながらシロ アカ チビを探します。  

夏の日も暮れかけたころ ようやく すべてのヤギを連れて村の広場にたどりつきます。


あたたかい ゆたかな シュチーナさんの台所。
色鮮やかに カリジェの筆は木のテーブル チーズやスープ ストーブ  洗面台 壁にかかる赤い縞のタオル 石鹸おき 緑のまど などを描きます。

次のページをめくると「あっ!」と思わず口をおさえ 見とれてしまうほどすてきな絵が。

痛む足をおふとんから出して ぐっすり寝ているマウルス。楽しい夢でもみているのでしょうか。微笑んでいます。
マウルスのベッドの周りを見てください。そう 森のあらゆるどうぶつたちがベッドをとりまきます。
ノリスとカラスが枕元に。カケスとアオゲラとリスが足元に。あいた緑のまどのむこうにはシカの一家と雲とヘリコプター。キツネやイタチもマウルスを見ています。
そして 部屋のまんなかにはあのシロとアカとチビが。

みんながマウルスに「おやすみなさい」を言います。
「よくおねむりよ マウルス」
「いいゆめをみなさいね」

こんなにも幸せな子どもの時間 こんなにもゆたかな子どもの時間。

世界中の ひとりひとりの子どもたちが 今この時にも こんな夢をみることのできる幸せな子ども時代をおくっていますように。

そうそう マウルスのベッドの上の一枚の絵 誰だと思いますか?
                                                mititi



『マウルスと三びきのヤギ』
アロワ・カリジェ 文・絵
大塚勇三訳
岩波書店
©1969 1975年 第2刷